伝統の技が生み出す信頼の姫鍬|堤製作所

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沿革・会社概要

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堤製作所外観

沿革・概要 江戸末期よりここ会津では刀匠が活躍しておりました

堤製作所外観

鍛冶屋敷

三百七十年前の寛永四年予州松山城主加藤嘉明公の会津移封に際して随従してきた刀鍛冶三好(三善)藤四郎國が拝領した間口十五間の甲賀町屋敷がこの地と伝えられております。 会津刀鍛冶棟梁として活躍した長道鍛冶は連綿として十二代に及んで鍛刀しましたが廃刀令によって明治二十二年刃物鍛冶として終焉を迎えました。


江戸時代から昭和初期までの会津は「東國の鍛冶王國」と異名を讃えられたように実に大勢の鍛冶師がおりました。 堤章は、昭和五十年代になると、続々と廃業する鍛冶職の姿に同業者として危機感を募らせました。 


このままでは「鍛冶王国」とまで評されていた会津から、鍛冶屋が消えてしまいかねない現状を前に、どうにか後世に伝え残すための作業に取り掛かったのです。 刀鍛冶の屋敷跡であることから、道を挟んだ向かい側に『鍛冶屋敷』を設け、会津で製作された農具や、鋸、刃物類を展示しました。 鍛冶の技術を伝え残そうと、鍛冶職人の集大成とし、野鍛冶、鋸鍛冶、刃物鍛冶、軍刀について、鍛冶叢書(そうしょ)1 から 5 までをまとめ上げました。

鍛冶叢書

沿革

堤製作所

大正9年:遠藤操が兼光一代銘となり、塩川町にて開業
昭和25年頃:復員してきた遠藤正江(兼光二代銘)と遠藤章(兼光三代銘)を含め従業員13名にて製造
昭和29年:章(兼光三代銘)が旧甲賀町(現在の馬場町)に婿に入り、堤商会として事業を引き継ぐ(初代堤章)
昭和31年:「姫鍬」商標登録し、鍬の専業メーカーとなる
昭和54年:全国植樹祭で天皇皇后両陛下がお使いになる鍬を製作
昭和56年:堤商会より(株)堤製作所と改称
昭和57年:金属材料工学専攻修士課程を経て、鍬の開発・改良に取り組む(二代 堤 誠一) 
平成12年:全国育樹祭で皇太子殿下がお使いになる「姫鍬」を親子で製作
平成21年:代表就任(三代 堤 秀子)
平成29年:福島県の農業女子ネットワークに農業女子応援企業として参加

会社概要

名称 株式会社 堤製作所
所在地 会津若松市馬場町5-1
代表取締役 堤 秀子
従業員 4名
資本金 1000万円
創業 大正9年
設立 昭和56年
事業内容 鍬の専門メーカー・製造・卸・販売
写真撮影 赤沼 博志